パントマイムの4つの軸:空間・重力・時間・感情

こんにちは、マイムアーティスト・講師の織辺真智子です。
今日のテーマは「パントマイムの4つの軸:空間・重力・時間・感情」です。パントマイムは、言葉を使わない表現ですが、その表現を成り立たせるために、アーティストは「空間」「重力」「時間」「感情」という4つの重要な要素を巧みに操っています。それぞれの軸がパントマイムにおいてどのように機能し、観客に何を伝えるのかを詳しく見ていきましょう。

空間の操作:見えないものを見せる技術
パントマイムにおける空間の操作は、まさに「見えないものを見せる」ための根幹をなす技術です。舞台上には、小道具やセットがほとんどないことが多いため、パントマイムアーティストは、何もない空間に、目に見えない壁やドア、物体、あるいは風景を作り出します。
例えば、パントマイムの代表的な技術である「壁」を表現する際、アーティストは手や腕の動きだけでなく、身体全体の重心移動、足の踏み込み、そして視線を駆使して、そこに物理的な「壁」があるかのように見せます。手のひらが壁に触れる瞬間の、まるで抵抗があるかのような筋肉の緊張や、そこから滑らせる際の滑らかさ、あるいは粗さといった触覚的な情報を、身体の動きによって視覚的に表現するのです。
フランスのパントマイムアーティストであり教師のエティエンヌ・ドゥクルーは、「身体は空間の彫刻家である」と述べました。パントマイムアーティストは、まるで彫刻家が粘土を形作るように、自身の身体を動かすことで、何もない空間に具体的な形や質感を「彫り刻む」んです。観客は、アーティストの身体の動きを追うことで、その「彫刻」された空間を頭の中に描きます。これは、単に幻影を見せているのではなく、観客の想像力を引き出すことで、共にその空間を創造する共同作業と言えるでしょう。

重力の操作:身体が語る物理法則
次に重力です。私たちの身体は常に重力の影響を受けていますが、パントマイムアーティストは、この重力との関係性を操作することで、物体の重さや動きの質を表現します。
例えば、非常に重い荷物を持ち上げる時、私たちは身体を低くかがめ、全身の筋肉を使い、ゆっくりと持ち上げます。パントマイムアーティストは、この一連の動作を正確に再現することで、観客に「その荷物は非常に重い」と感じさせます。持ち上げた後の身体の揺れや、荷物を置いた後の身体の解放感までを表現することで、重力に逆らう身体の奮闘を「見せる」んです。
逆に、軽やかさや浮遊感を表現する際には、重力の影響を最小限に抑えるかのように、身体の動きを滑らかにし、足裏の接地感を少なく見せます。まるで月面を歩く宇宙飛行士のように、ゆっくりと、そして軽やかに動くことで、地球上の重力とは異なる環境を観客に提示します。
これは、物理学的な法則を身体で表現することであり、観客の身体感覚に直接訴えかけます。私たちは皆、重力の中で生活しているため、重さや軽さ、バランスといった感覚は、経験として身体に深く刻まれています。パントマイムは、その共通の身体感覚を呼び覚ますことで、観客に表現されている物体の存在を、よりリアルに感じさせるんです。

時間の操作:動きが織りなす物語のテンポ
そして時間です。パントマイムでは、動きの速さやリズム、間合いを調整することで、時間の流れを操作し、物語のテンポや感情の起伏を表現します。
例えば、急いでいる様子を表現する際には、速い動きと短い間合いを多用します。逆に、絶望や悲しみを表現する際には、ゆっくりとした動きと長い間合いを用いることで、重苦しい時間の流れや、心の中の葛藤を表現します。
パントマイムにおける時間の操作は、音楽におけるテンポやリズムに似ています。同じ動作でも、ゆっくり行われるか、素早く行われるかによって、観客に与える印象は大きく変わります。また、動きと動きの間に生まれる「間(ま)」は、観客の想像力を刺激し、次に何が起こるのかという期待感を高めたり、感情の余韻を残したりする効果があります。
この時間の操作は、観客の感情的な体験に直接影響を与えます。時間の流れをコントロールすることで、アーティストは観客を物語の世界に引き込み、感情の波に乗せ、時には息をのむような緊迫感を、時には安堵の感情を生み出すことができるのです。

感情の表出:身体が語る心の動き
最後に感情です。パントマイムは言葉を用いないため、感情の表現は身体の動き、表情、姿勢のすべてにわたって行われます。
喜び、悲しみ、怒り、驚き、恐れ、嫌悪といった基本的な感情は、それぞれ特定の身体の反応や表情と結びついています。パントマイムアーティストは、これらの感情を、全身を使って繊細に表現します。例えば、喜びを表現する際には、身体が軽やかに弾むような動き、顔の表情の輝き、腕を広げるような姿勢などが用いられます。悲しみを表現する際には、肩を落とし、うつむき加減になり、ゆっくりとした動きになるでしょう。
感情の表現において重要なのは、単に「悲しそうに見せる」のではなく、「悲しみを体現する」ことです。つまり、アーティスト自身がその感情を深く感じ、それが身体全体に浸透しているかのように見せることで、観客もその感情を共感し、追体験することができます。
これは、心理学における「身体化された認知(embodied cognition)」の考え方とも関連しています。私たちの感情や思考は、身体の感覚や動きと密接に結びついているという考え方です。パントマイムは、この身体化された感情を舞台上で鮮やかに具現化することで、観客の心に直接語りかけ、深い感動を生み出すのです。