
こんにちは。マイムアーティスト・講師の織辺真智子です。
皆さんは「パントマイム」と聞いて、何を思い浮かべますか?
見えない壁にぶつかるしぐさや、風に逆らって歩く姿…。テレビや街頭パフォーマンスで一度は目にしたことがあるかもしれませんね。
でも実は、パントマイムはもっと奥深い芸術なんです。
言葉を使わずに、どうやって感情や物語を伝えるのか?
今回はその魅力としくみに、身体表現・脳科学・文化論の視点から迫ってみたいと思います。
「言葉なしで伝える」って、どういうこと?
パントマイムとは、声や音を一切使わず、身体の動きだけで観客に意味や感情を伝える表現です。
もちろん、実際の舞台では音楽や言葉を取り入れた演出もありますが、基本にあるのは「体が語る」という原則です。
たとえば「見えない壁」を表現するとき。
実際の壁のように自然に触れるのではなく、手をパーに広げ、力の入った輪郭を際立たせることで、「ここに壁がありますよ」と観客に伝える。これは、実際の動作ではなく、“伝えるための形”に変換された身体表現なのです。
観客の「脳」が受け取っている
興味深いのは、観客がそれを“感じる”仕組みです。
私たちの脳には、「ミラーニューロン」と呼ばれる特別な神経細胞があります。これは、誰かの動きを見るだけで、自分の脳もまるで同じことをしているかのように反応する仕組み。
つまり観客は、パントマイムの動きを見たとき、まるで自分もそこに壁を感じているような錯覚を覚えるのです。
実際、fMRIなどの脳研究でも、パントマイムを見ているときは**「言語」ではなく「空間認識」や「身体運動」に関わる脳領域が活性化**することが報告されています。
「伝わる」形には文化の違いもある
たとえば、演者が「何か丸いものを食べる仕草」をしたとしましょう。
日本人なら「大福」や「饅頭」を想像するかもしれませんが、フランス人なら「パン」、インド人なら「ラドゥ」と連想する可能性もあります。

このように、体の動き自体は共通していても、受け取るイメージは文化や経験によって違うのです。
文化人類学者エドワード・ホールは、文化を「ハイコンテクスト文化(言葉以外の要素で伝える)」と「ローコンテクスト文化(言葉に頼って伝える)」に分けました。
パントマイムはまさに、究極のハイコンテクスト・コミュニケーションとも言えるでしょう。
観客の「直感」に語りかける芸術
心理学者ダニエル・カーネマンの理論によれば、人間の思考には2つのシステムがあります:
• 直感的ですばやい「システム1」
• 論理的に考える「システム2」
パントマイムは、まさに「システム1」に訴えかける芸術です。
観客は、演者の動きを見た瞬間に、過去の経験や記憶からイメージを引き出し、直感的に意味を組み立てているのです。
「舞台芸術」としてのパントマイム
演劇研究者リチャード・シェクナーは、演技を「復元された行動(restored behavior)」と定義しました。つまり、日常の行動を再構築して舞台で表現すること。
パントマイムは、日常の動きを舞台用に「編集」した、まさにその典型です。
またピーター・ブルックが提唱した「空虚な空間」という概念──
道具が何もない空間でも、観客の想像力を引き出して演劇が成立するという理論。
これもまた、最小限の身体で最大限の世界をつくり出すパントマイムに通じています。
パントマイムが使われている現場
パントマイムの技術は、演劇だけに留まりません。
• 俳優の身体訓練(演技学校や劇団など)
• リハビリや介護の現場(非言語の運動訓練)
• 自閉症スペクトラムの子どもとのコミュニケーション支援
• 映画やCMなどでの非言語表現
実際、私も映画や舞台での振付・演技指導で、パントマイムの知識を応用しています。言葉に頼らず、世界中の人に伝わる表現が求められる場面では、とても力を発揮するんです。
言葉を超えるコミュニケーションの力
情報理論の父、クロード・シャノンのモデルでは、「送信者→チャンネル→受信者」の間に「ノイズ」が混じることがあります。
パントマイムでは、「チャンネル」が身体だけに限定されるため、情報量は少なくなるかもしれません。
しかしその分、観客の想像力が“余白”を埋める余地があり、解釈の自由度が高まるのです。
この“曖昧さ”こそが、パントマイムの芸術的魅力なのかもしれません。
最後に──ぜひ一度、劇場で見てください
パントマイムは、体の動きだけで人の心に触れることができる芸術です。
「言葉の壁」を越えて、誰にでも届く。だけど、一人ひとり違う物語が生まれる。
その面白さと奥深さを、ぜひ体感してみてください。
まだ一度もパントマイムを見たことがない方、ぜひ劇場へ足を運んでみてくださいね。
きっと、新しい世界が見えてきます。
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