🎭 言葉を超えた物語：イタリア無言劇の壮大な歴史 🎭

こんにちは、マイムアーティスト、講師の織辺真智子です。今日の話題は、イタリアの「無言劇」についてフォーカスします。

イタリアの無言劇＝パントマイムではないのか？という風に思う人もいるかもしれませんけども、それだけではなく様々な広がりがあるのです。古代のミメから現代の身体劇に至るまで、その姿を変えながらも、常に観客を魅了し続けてきた壮大な歴史をたどっていきましょう。

「無言劇」とは、単に言葉を完全に排除するだけでなく、身体性、ジェスチャー、視覚的要素が物語や感情伝達の主要な手段となる演劇形式全般を指します。これには、古代のミメやパントマイム、ルネサンス期のコメディア・デッラルテにおける非言語的要素、18世紀のバレエ・ダクシオン、そしてサイレント映画などが含まれます。それぞれの時代で、これらがどのように「無言性」や「身体性」を芸術的、社会的、政治的メッセージの伝達に活用してきたのか、その秘密を探ります。

🏛️ 無言劇の起源：古代ローマの模倣と表現力豊かな身体

古代ギリシャにおけるミメとパンタマイムの萌芽と特徴

「無言劇」のルーツは、古代ギリシャ時代、シチリアや南イタリアのミメにまで遡ります。アテネのディオニュソス劇場では、仮面をつけた俳優が1万人を超える観客の前で、身振りやダンスを主体に物語を伝えました。完全に無言だったわけではありませんが、ラテン語で「模倣する」を意味する「mimos」が示すように、他者を模倣する身体表現がその核でした。

一方、ギリシャ悲劇に起源を持つパンタマイムは、古代ローマで独自の芸術形式として確立しました。ここでは、一人の男性ダンサーが歌われるリブレット（歌劇の台本）に合わせて、仮面、定型ポーズ、身振り、そして「雄弁な口」と例えられた複雑で表現豊かな**手話（チェイロノミー）**を駆使し、すべての役を踊り分けました。

ローマにおけるミメとパンタマイムの発展

ローマがギリシャを征服すると、ミメはイタリアに伝わり、喜劇と悲劇の形式へと発展しました。ギリシャのミメとは異なり、ローマのミメは愚かで下品な出来事を模倣する傾向があり、対話は控えめで、身振りや模倣が中心でした。

初期のミメは、ローマやイタリアの路上で**裸足の道化師（planipedes）**によって即興で演じられ、後にはフロラリア祭で正式に上演されるように。男性だけでなく女性も参加し、性的な含みや露出を伴うこともありました。ユリウス・カエサルの時代には、パンタマイムはより文学的な形式へと発展し、悲劇はピュラデス、喜劇はバタッルスが確立したとされています。

ローマ帝国下では、パンタマイムの人気が飛躍的に高まり、アテッラ劇に代わって劇場の幕間劇となり、フロラリア祭唯一の演劇イベントとなりました。アウグストゥス帝やネロ帝といった皇帝たちもこの伝統を支持し、ネロ自身もミメを実践したほどです。

社会的・政治的文脈（祭礼、葬儀、風刺、大衆教育）

ミメは古代ローマの葬儀において、故人の生涯を滑稽に模倣する形で演じられ、パンタマイムは、ローマ帝国の住民が神話に触れる重要な媒体であり、「教育の形式」として機能しました。その社会的魅力は絶大で、謙虚な金細工師から奴隷まで、あらゆる階層の人々が神話や物語を身体表現を通じて学びました。

パンタマイムはローマの政治にも深く関わりました。貴族階級の若い男性は、パンタマイムのダンサーとの親密な関係を通じて、皇帝の権威に対する不満を表明する手段を見出すことも。4世紀には、特定の演者を支持する党派グループが劇場でスローガンを唱えることで、大きな扇動的・政治的影響力を行使できるようになりました。

これらの古代の演劇形式は、単なる娯楽に留まらず、社会生活や政治に深く根ざしていました。その非言語的で視覚的な性質は、言語の壁を超えて幅広い観客に訴えかけ、大衆へのコミュニケーションや社会批評の強力な手段となったのです。誇張された身体的特徴や類型的なキャラクターへの重点は、後のイタリア演劇が同様に視覚的・身体的コミュニケーションを社会的・政治的目的のために活用する上で、基礎的な美学を築きました。

主要な演者と作品の断片

古代ローマのミメの作者はわずか5人しか名前が知られていません。文学的ミメの脚本は、グナエウス・マティウスやデキムス・ラベリウスといった紳士によって書かれましたが、現存する抜粋はわずかです。

⛪ 中世イタリア：非言語的芸能の変遷

古代演劇の終焉と中世におけるミメの継続

西ローマ帝国の崩壊後も、古代ローマのミメや喜劇は細々と上演され続けたとされています。しかし、キリスト教の影響で「異教的」と見なされたこれらの演劇形式は、主に旅芸人や放浪する役者によって演じられ、その詳細な記録はほとんど残っていません。

宗教劇における非言語的要素（典礼劇、神秘劇、道徳劇の視覚性）

中世演劇は、カトリック教会の典礼の劇化から再興したという見方が一般的です。初期中世の教会は、聖書的出来事を劇化し、年間の祭典を活気づけました。この際、祭服、祭壇、香炉、そして司祭によるパントマイムといった象徴的な物や行動がキリスト教の儀式を想起させるために用いられました。例えば、925年頃の「Quem quaeritis?」というイースターの典礼劇は、キリストの空の墓を巡る出来事を演じる例として挙げられます。

12世紀頃からは、宗教劇が教会外で上演されるようになり、短い典礼劇がより長い劇に統合され、口語に翻訳されて素人によって演じられました。神秘劇や道徳劇といった形式が発展し、道徳的教訓を教えるために美徳や悪徳を擬人化しました。

世俗的芸能（吟遊詩人、道化師、旅芸人）と身体表現

中世には、ミメ、吟遊詩人、語り部、ジャグラーなどが新たな観客を求めて旅をしました。吟遊詩人（jongleurs）は、音楽家であると同時に、物語を語り、芸を披露し、歌い、楽器を演奏する多才なエンターテイナーでした。イタリアの街頭では、16世紀から17世紀にかけて盲目のパフォーマーが歌や言葉で大衆を楽しませる存在として定着しました。

カーニバルと仮面、身振りの役割

カーニバルは、中世に起源を持つ祝祭であり、仮面や衣装が特徴的です。ヴェネツィアのカーニバルは、着用者の身元を隠し、社会階級間の交流を可能にしました。仮面は人間世界と精神世界を繋ぐ役割を持つとされ、着用者が別の存在と一体化する意味合いも持っていました。カーニバルのパフォーマンスでは、歌や音楽が重要である一方で、**非言語的コミュニケーション（ジェスチャー、姿勢、表情、衣装など）**もメッセージを強化する上で非常に重要でした。このベネチアン仮面についてもいろいろお話すべき内容がありますが、改めて別の記事を書く予定です。

中世イタリアは、非言語的パフォーマンスにとって逆説的な環境でした。教会は世俗的で身体表現を伴う形式を抑圧する一方で、典礼劇においては非言語要素を利用し、識字能力のない大衆に抽象的な宗教概念を具体的に伝えたのです。これにより、身体表現は二重の道を辿りました。一つは宗教的教義に統合され公認された形式であり、もう一つは、しばしば即興的で、路上の祭りや世俗的な文脈で発展した形式です。この時代、劇場建築物が建設されなかったことは、世俗的なパフォーマンスが、凝った舞台装置や複雑な対話に頼るのではなく、人間の身体、衣装、小道具の持つ表現力に大きく依存するようになったことを示しています。この歴史的背景は、後のコメディア・デッラルテのような高度に身体的で適応性の高い演劇形式の基礎を築きました。

🎭 ルネサンス期：コメディア・デッラルテの隆盛

コメディア・デッラルテの定義と特徴

コメディア・デッラルテは、16世紀にイタリアで生まれ、18世紀までヨーロッパ中で栄えたプロの演劇形式です。その名称は「プロの芸術家の喜劇」を意味します。

• 即興劇としての本質とシナリオの役割: コメディア・デッラルテは即興劇として有名ですが、完全に自発的なものではなく、詳細なプロットラインである「シナリオ」に基づいて演じられました。俳優はリハーサルされたレパートリーや「lazzi」（定型的なギャグやルーティン）を用いて台詞やモノローグを即興で展開しました。
• 定型キャラクター（アルレッキーノ、パンタローネ、ザンニなど）と仮面: 愚かな老人、ずる賢い召使い、虚勢を張る軍人など、特定の「定型キャラクター」（tipi fissi）によって特徴づけられます。これらのキャラクターは、誇張されたコミカルな特徴を持つ仮面を着用し、感情や意図の伝達には方言と誇張された身振りが重視されました。
• 身体表現と非言語的コミュニケーション（ラッツィ、パントマイム）: 身体は複雑で多価な表現の道具として機能し、そのジェスチャーや動きは劇的な行動と結びつき、仮面による顔の表情の代わりとなりました。特に国際的な観客にとっては、身体言語が主要な表現モードとなり、言葉が理解できなくても内容を理解できるようにしました。ラッツィは、物語とは直接関係ないが、アクロバティックで誇張された、時にはわいせつな身体的ギャグでした。ハーレクイン（アルレッキーノ）は、パントマイムとスラップスティック・ユーモアで特に知られました。
• 音楽、ダンス、アクロバットの統合: ダンス、音楽、アクロバット、タンブリングなど、多様な要素を統合しました。俳優は非常に多才で、グロテスクな喜劇から悲劇まで演じることができました。

コメディア・デッラルテの哲学的・社会的背景

• ヒューマニズムと反身体主義への挑戦: コメディア・デッラルテの俳優は「ヒューマニズムの実践者」として存在し、その世俗的な主題は、神との関係を重視するカトリック教会に抵抗しました。その身体性、パフォーマンスの妙技、そして女性の舞台への登場は、教会の「反身体主義」（心や魂を優先し、身体を否定する）への「演劇的アンチテーゼ」として機能しました。
• 社会階級と政治的風刺、検閲回避の戦略: コメディア・デッラルテの喜劇的メカニズムは、社会階級、地理的地域、身体的美しさの認識における差異に焦点を当てた「他者化」に大きく依存していました。即興性は、検閲を回避するための戦略でもありました。書かれたテキストがなければ検閲が困難になり、俳優はパフォーマンスの意図について議論することができたのです。これにより、劇団は「異端審問からの致命的な訪問」を避けることができました。

コメディア・デッラルテの核となる特徴である即興性、定型キャラクター、そして身体的・非言語的コミュニケーションへの強い重点は、単なる芸術的選択ではなく、ルネサンス期イタリアおよびそれ以降の社会政治的状況下で生き残り、成功するための極めて効果的な適応戦略でした。当時のイタリアは統一された国家言語を持たず、地域ごとに異なる方言が話されていたため、旅芸人にとって、普遍的に理解される台本劇は実用的ではありませんでした。この言語的断片化が、視覚的で身体的なコメディの重要性を高めたのです。

ヨーロッパへの広がりと影響

コメディア・デッラルテは、16世紀から18世紀にかけてヨーロッパ全土に広がり、特にフランスで大きな成功を収め、コメディ・イタリアンヌとなりました。イギリスでは、ハーレクイネードやパンチ・アンド・ジュディ人形劇にその要素が取り入れられ、ドイツのハンスヴルストもコメディア・デッラルテのキャラクターでした。モリエール、ベン・ジョンソン、ウィリアム・シェイクスピアといった著名な劇作家にも影響を与えました。

🎶 バロック期から18世紀：パントマイム、オペラ、バレエへの影響

コメディア・デッラルテから派生したパントマイム（ハーレクイネード）の発展

コメディア・デッラルテは、18世紀にイギリスで導入されたパントマイムの起源となりました。18世紀のパントマイムの主役はハーレクインであり、ジョン・リッチは、踊るが話さないハーレクインとして有名でした。リッチはさらに「ハーレクイネード」を発展させました。これは、ハーレクインとコロンビーヌの恋物語を追うコミカルなチェイスシーンで、音楽を伴い、スラップスティックとドタバタ劇が特徴でした。

イタリア・バロック・オペラにおける無言劇的要素と身体表現

17世紀のイタリア演劇は、特に音楽劇において優れていました。16世紀後半にオペラが発展し始めると、クラウディオ・モンテヴェルディのような著名な作曲家が、音楽を物語劇に統合することでジャンルを進化させました。

18世紀後半には、ジャン＝ジャック・ルソーの「ピグマリオン」（1770年）の影響を受け、イタリアオペラにおいて、スピーチのような歌唱と**身振りによる模倣（gestural mirroring）**のスタイルが出現しました。特に、1760年代から1770年代にかけて、著名なリブレット作家メタスターシオは、身振り演技への関心を高めました。

バレエ・ダクシオンの確立とミメの役割（ジャン＝ジョルジュ・ノヴェール、ガスパーロ・アンジョリーニの貢献）

**バレエ・ダクシオン（ballet d’action）**は、18世紀後半にヨーロッパで知られるようになったジャンルで、ダンスとミメを組み合わせて物語的な作品を形成しました。その起源は、ロンドンのジョン・ウィーバーが古代ローマのパントマイムを再現したとされる「マーズとヴィーナスの愛」（1717年）に遡ります。

フランスの振付家ジャン＝ジョルジュ・ノヴェールは、バレエ・ダクシオンのジャンルを確立した人物とされています。彼は「ダンスとバレエに関する手紙」（1760年）を著し、当時のバレエの欠点を指摘し、バレエ・ダクシオンの構想を説明しました。ガスパーロ・アンジョリーニもまた、バレエ・ダクシオンの主要な提唱者の一人であり、ノヴェールとこのジャンルの創始者を巡る論争（「パントマイムバレエの論争」）を繰り広げました。バレエ・ダクシオンにおける演劇的パントマイム、すなわち「表現豊かな身振り」は、スピーチと比較され、「手話」の一種と見なされました。

メロドラマの登場と身体表現の強調

メロドラマは、18世紀後半に劇とオペラの間のジャンルとして登場し、話し言葉の朗読と短い伴奏音楽を組み合わせました。音楽はパントマイムの伴奏にも使用されました。ジャン＝ジャック・ルソーのモノドラマ「ピグマリオン」（1762年テキスト、1770年初演）が最初の本格的なメロドラマとされています。メロドラマは、多くの舞台効果、強烈に感情的だが定型化された演技スタイル、そして壮大な舞台演出を可能にする舞台技術の発展を伴いました。

この時代は、パントマイムのような独立した無言劇・身体劇の形式が繁栄し、同時にオペラやバレエといった他の主要な演劇ジャンルの身体的・身振り的側面にも影響を与えた、重要な進化の時期でした。舞台技術の洗練化も、より精巧な視覚的・身体的パフォーマンスを可能にし、複雑な物語や感情を伝える上での非言語的要素への認識の高まりを反映しています。

🎬 19世紀から現代：サイレント映画と身体劇の再評価

19世紀の演劇におけるパントマイムとメロドラマの継続

19世紀に入ってもパントマイムは人気を保ち、地元の物語や時事風刺を取り入れるようになりました。ジョセフ・グリマルディのクラウンのキャラクターは、ショーの主役へと台頭しました。また、女性が男性の主役を演じる（プリンシパル・ボーイ）というジェンダー役割の逆転が、パントマイムの一般的な慣習となりました。

メロドラマも引き続き支配的な演劇形式であり、強烈な感情表現を伴う定型化された演技スタイルと、壮大な舞台演出を可能にする舞台技術の進歩を特徴としました。19世紀初頭には、サルヴァトーレ・ヴィガーノの「コレオドラマ」（coreodramma）が登場しました。これは、ミメをバレエに統合した新しいイタリアのダンス形式であり、プロットの心理的ニュアンスをより直接的に伝える表現豊かなリズミカルな動きを重視しました。

イタリア・サイレント映画の登場と無言劇的演技スタイル

1890年代から1920年代後半にかけてのサイレント映画時代は、視覚的なストーリーテリングに大きく依存しました。イタリアのサイレント映画は、メロドラマ的な演技スタイル、古風な設定、古典主義に重点を置く傾向がありました。ガブリエーレ・ダンヌンツィオは、イタリアのサイレント映画文化の象徴的存在でした。人気のあるスクリーンヒーロー、マチステの身体的特徴と連続的な偉業は、ムッソリーニの新しい大衆メディアを介したリーダーシップスタイルを驚くほど模倣し、予見していました。

イタリアのサイレント映画は、演劇、絵画、写真、文学、広報といった多様な視覚的・文化的実践との間で、相互媒介的な関係性を持っていました。イタリア映画は、ヨーロッパ、アメリカ、アジアで広く流通し、非常に人気がありました。

20世紀以降の身体劇と現代ミメ

• コメディア・デッラルテの現代演劇への影響: コメディア・デッラルテは、20世紀から21世紀にかけてのアヴァンギャルド演劇や実験演劇に大きな影響を与え続けています。その身体性は、現代演劇における身体表現の重要なインスピレーション源となっています。ジャック・コポーは、コメディア・デッラルテや日本の能楽に強く影響を受け、俳優の訓練に仮面を用いました。彼の弟子であるエティエンヌ・ドゥクルーは、ミメの可能性を探求・発展させ、身体ミメを高度に彫刻的な形式へと昇華させました。ジャック・ルコックもまた、ミメと身体劇の発展に大きく貢献しています。
• サイレント映画コメディアンの遺産: シャルル・チャップリン、バスター・キートン、ハロルド・ロイドといったサイレント映画のコメディアンたちは、視覚的なユーモアと身体的なコメディを用いて物語を語り、何百万人もの観客を楽しませました。チャップリンの『モダン・タイムス』は、社会批評を盛り込み、キートンは、無表情な顔と独創的なスタントで知られています。彼らの作品は、サイレント映画時代以降も、ライブシアターのミメに多大な影響を与えました。
• 現代の身体劇におけるミメの再解釈と継続的な影響: 現代の身体劇は、俳優の身体を主要な表現ツールとし、創作された作品、動きとストーリーテリングの流動的な相互作用を特徴とします。コメディア・デッラルテの身体性と即興性への重点は、現代の創作演劇においても依然として関連性が高いです。

この19世紀から現代にかけての期間は、イタリアの演劇における身体表現が多角的に進化し、現代の舞台芸術へと継承されていった時代です。サイレント映画の登場が、無言劇的演技スタイルに新たな表現の場を提供し、チャップリンやキートンといったサイレント映画のコメディアンたちは、劇場で培ったミメの技術を映画で深化させ、その普遍的な身体的ユーモアは、後の世代のミメや身体劇に計り知れない影響を与えました。

🎨 多角的な影響を振り返る：イタリア無言劇の足跡

年代/期間	主要な演劇形式/出来事	無言劇・身体表現の特徴	関連分野との相互作用
紀元前5世紀～紀元後6世紀	古代ギリシャ・ローマのミメとパンタマイム	ミメ：身振り、模倣、アクロバット、音楽、歌、話し言葉の混在。パンタマイム：仮面、身振り、手話（チェイロノミー）、音楽伴奏。	哲学史・行動学・心理学: 他者模倣、身体表現を通じた感情伝達。政治史・大衆史: 祭礼、葬儀、風刺、大衆教育、政治的異議表明の手段。
7世紀～15世紀	中世の非言語的芸能	宗教劇：司祭によるパントマイム、象徴的行動。世俗的芸能：旅芸人、吟遊詩人、道化師の身体表現、アクロバット。カーニバル：仮面、身振り、視覚的スペクタクル。	宗教史: 典礼劇における非言語的要素の利用。社会史・大衆史: 宗教的制約下での世俗的芸能の存続、仮面による社会階級の混合。地理: 旅芸人による移動と地域文化の交流。
16世紀～18世紀	コメディア・デッラルテの隆盛	即興劇、定型キャラクター、仮面、ラッツィ（身体的ギャグ）、誇張された身振り、アクロバット、ダンス、音楽の統合。	美術史: 仮面、衣装、キャラクターの視覚的表現。哲学史: ヒューマニズムと反身体主義への挑戦。社会史・政治史: 社会階級の風刺、検閲回避の戦略。芸能文学: 後の劇作家への影響。
17世紀～18世紀	パントマイム、オペラ、バレエへの影響	パントマイム（ハーレクイネード）の発展：音楽を伴う無言のチェイス、スラップスティック。イタリア・バロック・オペラ：身振りによる模倣、スピーチのような歌唱。バレエ・ダクシオン：ダンスとミメの融合、物語伝達。	舞台芸術の歴史: ジョン・リッチによるハーレクイネードの確立。音楽史: オペラにおける身体表現の導入。舞踊・舞踏史: ノヴェール、アンジョリーニによるバレエ・ダクシオンの確立。哲学史: 身体表現の言語性に関する議論。
19世紀～現代	サイレント映画と身体劇の再評価	19世紀パントマイムの継続、メロドラマの定型化された演技。サイレント映画：無言劇的演技スタイル、視覚的ユーモア、身体的コメディ。現代身体劇：身体を主要ツールとする、即興、ダンス、ミメの再解釈。	大衆史: 19世紀パントマイムの大衆娯楽としての定着。映画史: イタリア・サイレント映画の発展、チャップリン、キートンなどコメディアンの登場。行動学・心理学: 身体表現の普遍性、感情伝達。舞台芸術の歴史: コメディア・デッラルテの現代演劇への影響、身体劇の理論化。

💡 結論：言葉を超え、時代を紡ぐ身体表現の力

イタリアの演劇史における無言劇、すなわち身体表現を主軸とする舞台芸術は、古代から現代に至るまで、その定義と形式を変えながらも、一貫して重要な役割を果たしてきました。

古代ローマのミメやパンタマイムは、単なる娯楽に留まらず、神話の伝達、社会風刺、さらには政治的異議表明の手段として機能し、身体表現が持つコミュニケーションの力を早期に確立しました。この時代に培われた、言語の壁を超えて大衆に訴えかける視覚的・身体的表現の基盤は、その後の演劇の発展に深く影響を与えました。

中世においては、キリスト教会の支配的な影響下で、世俗的な身体表現は抑圧されつつも、カーニバルや旅芸人の活動を通じて存続し、また宗教劇の内部で典礼的な身振りとして利用されるという二重の様相を呈しました。劇場建築物の不在は、身体そのものが主要な表現媒体となる、柔軟で適応性の高いパフォーマンス形式の発展を促したのです。

ルネサンス期に隆盛したコメディア・デッラルテは、即興性、定型キャラクター、仮面、そして身体表現を核とする画期的な演劇形式でした。イタリアの言語的断片化という現実に対応するため、身体性による普遍的なコミュニケーションが重視され、また台本を持たない即興性は、当時の厳しい検閲を回避し、社会階級や地域間の摩擦を風刺する巧妙な手段となりました。その適応性と魅力は、ヨーロッパ各地に広がり、多様な演劇形式の源流となったのです。

バロック期から18世紀にかけては、コメディア・デッラルテから派生したハーレクイネードがパントマイムとして発展し、オペラやバレエといった他の主要な舞台芸術にも身体表現が深く統合されていきました。ジャン＝ジョルジュ・ノヴェールやガスパーロ・アンジョリーニによるバレエ・ダクシオンの確立は、ダンスとミメを融合させ、物語を身体で語る芸術形式を確立しました。

19世紀から20世紀初頭にかけてのサイレント映画は、無言劇的演技スタイルに新たな生命を吹き込みました。シャルル・チャップリンやバスター・キートンといったサイレント映画の巨匠たちは、その身体的ユーモアと表現力で世界中の観客を魅了し、その遺産は現代のミメや身体劇に多大な影響を与え続けています。現代の身体劇は、コメディア・デッラルテの伝統やサイレント映画の遺産を再解釈し、俳優の身体を物語と感情の中心に据えることで、多様な表現を追求しています。

イタリアの無言劇の歴史は、身体表現が単なる言葉の代替ではなく、それ自体が豊かな意味を伝え、社会、文化、政治、そして人間の心理に深く関わる芸術形式として、時代を超えて進化してきたことを明確に示しています。この多角的な視点からの分析は、演劇、ダンス、映画といった個別の芸術分野の枠を超え、身体が持つ普遍的な表現力の重要性を浮き彫りにするものです。