目に見えないものを見せる技術とは?

こんにちは、マイムアーティスト・講師の織辺真智子です。
今日のテーマは「目に見えないものを見せる技術とは?」です。パントマイムの醍醐味は、何もない空間に、あたかも本当にそこにあるかのように「見えないもの」を出現させること。この不思議な技術の秘密と、それが観客に与える影響について深く掘り下げていきましょう。

「錯覚」と「リアリティ」の創造
パントマイムにおいて目に見えないものを見せる技術は、まさに**「錯覚」と「リアリティ」を同時に創造する**ことにあります。私たちは舞台上のアーティストが壁に触れる動作を見た時、実際に壁が存在するわけではないのに、まるでそこに物理的な壁があるかのように感じます。
この錯覚は、人間の知覚メカニズムを巧みに利用しています。ドイツの心理学者ルドルフ・アルンハイムは、知覚が単なる受動的な情報の受け取りではなく、脳が能動的に情報を整理し、意味を付与するプロセスであると説きました。パントマイムアーティストは、身体の動きを通じて、観客の脳が「そこに何かがある」と認識するのに必要な視覚的な手がかりを徹底的に提供します。例えば、壁に触れる手のひらの形、指の曲がり具合、腕の筋肉の緊張と弛緩、そして壁にぶつかった時の身体のわずかな反動など、極めて詳細な身体表現を行います。これにより、観客の脳は、これらの断片的な情報をつなぎ合わせ、まるで実像であるかのような錯覚を作り出すのです。
この技術は、まるで**「視覚的な手品」**のようです。手品師が観客の注意を誘導し、存在しないものをあるかのように見せるように、パントマイムアーティストは身体の動きで観客の視線を誘導し、想像力を刺激して、目に見えないものを「知覚」させるのです。

身体による「質感」と「重さ」の表現
目に見えないものを見せる技術には、単に形を表現するだけでなく、その質感や重さを身体で伝えることも含まれます。
例えば、ガラスの壁と、レンガの壁では、触れた時の感触が異なります。パントマイムアーティストは、この違いを、手のひらの微細な動きや、指先の力の入れ具合、そして身体全体の硬軟で表現します。滑らかなガラスであれば、指が滑るような動きを見せ、ザラザラしたレンガであれば、指先が引っかかるような表現を加えます。さらに、壁の厚みや温度、そしてそれが移動する壁であれば、その動きの滑らかさや抵抗感なども、身体の動きの質で示します。
この表現の根底にあるのは、アーティストの徹底した観察力と模倣力です。彼らは日常生活の中で、あらゆる物体の特性や、それに触れた時の身体の反応を注意深く観察し、それを身体に覚え込ませます。そして、その身体の記憶を舞台上で再現することで、観客に目に見えない物体の存在を「感じさせる」のです。これは、まるで名優が役柄の内面までを身体で表現するように、パントマイムアーティストは物体の内面、つまり物理的な特性までを身体で表現すると言えるでしょう。

観客との「共犯関係」と想像力の拡張
目に見えないものを見せる技術の真価は、観客との間に**「共犯関係」**を生み出すことにあります。言葉による説明がないため、観客はアーティストの身体の動きを解釈し、そこに提示された世界を自分自身の想像力で補完する必要があります。
心理学者のジャン・ピアジェは、子どもの認知発達において「象徴機能」の重要性を説きました。これは、あるものが別の何かを表すことを理解する能力のことです。パントマイムは、この人間の基本的な象徴機能に働きかけます。アーティストの身体の動きが「壁」を象徴し、観客はそれを受け入れて自分の心の中に壁を立ち上げるのです。
この共同作業によって、観客の想像力は大きく拡張されます。例えば、アーティストが「風」を表現したとします。舞台上には何もありませんが、髪がなびく様子、身体が風に逆らう様子、目を細める仕草などから、観客はそれぞれの心の中に、異なる強さや方向の「風」をイメージします。ある人は心地よいそよ風を感じ、別の人は嵐のような強風を想像するかもしれません。
このように、目に見えないものを見せる技術は、単なる視覚的な錯覚を超えて、観客の内なる世界を刺激し、拡張する力を持っています。それは、アーティストと観客が共に一つの世界を創造する、唯一無二のインタラクティブな体験なのです。