言葉はいらない!パントマイムで学ぶ「身体で伝える感情」の秘密

私たちは普段、感情を伝える際に言葉に頼りがちですが、実は言葉がなくても、あるいは言葉と同時に、私たちの身体は膨大な量の感情を伝えています。笑顔で喜びを、こわばった身体で不安を、そして肩を落とすことで落胆を。これらは無意識のうちに行われる、私たちの身体による感情表現です。
感情と身体表現の関係については、古くから多くの研究がなされてきました。例えば、19世紀の自然科学者チャールズ・ダーウィンは、1872年に出版された著書『人及び動物の表情について』の中で、人間や動物が示す感情の表情や身振り手振りについて詳細に観察し、その普遍性を指摘しました。彼は、驚き、恐怖、喜び、悲しみといった基本的な感情は、文化や人種を超えて共通の身体表現を持つことを示唆しています。これは、私たちが生まれながらにして、感情を身体で表現し、他者の身体表現から感情を読み取る能力を持っていることを示唆していると言えるでしょう。
さらに、心理学の分野では、アメリカの心理学者ポール・エクマンらが1970年代に、喜び、悲しみ、怒り、驚き、嫌悪、恐れといった6つの基本的な感情が、世界中の異なる文化圏の人々の間で共通の顔の表情を持つことを実証しました。これは、感情が身体にどのように反映されるかという点で、ある程度の普遍性があることを示しています。しかし、表情だけでなく、姿勢、ジェスチャー、歩き方、呼吸の仕方など、身体全体が感情を表現する媒体となります。
パントマイムは、この身体による感情表現を極限まで追求する芸術です。パントマイム俳優は、言葉に頼らず、身体の動きだけで複雑な感情のニュアンスを表現します。例えば、「怒り」を表現する場合、単に顔をしかめるだけではありません。肩が上がり、拳が固く握られ、足を踏み鳴らすような動き、そして視線や呼吸の速さ、重心の移動など、身体のあらゆる部分を使ってその感情を構築します。観客は、これらの身体的な手がかりから、演者が感じている怒りの強さや性質を読み取るのです。
具体的な例を挙げましょう。パントマイムでは、「悲しみ」を表現する際に、単にうつむくだけでなく、肩の力が抜け、背中が丸まり、歩く速度がゆっくりになり、腕がだらんと下がるような動きをします。さらに、呼吸は浅く、視線は地面に向けられることが多いでしょう。これらの身体の要素が複合的に組み合わさることで、観客は言葉がなくても「ああ、この人は深く悲しんでいるんだな」と理解することができます。
また、感情を身体で表現する際、単一の動きだけでなく、一連の「動作のシークエンス」が重要になります。例えば、「喜び」から「驚き」、そして「恐怖」へと感情が移り変わる様子を表現するには、身体がそれぞれの感情にどのように反応し、変化していくかを連続的に見せる必要があります。喜びで軽やかに弾む動きから、急に身体が硬直し、目を見開いて後ずさりする、といった具合です。
私たちは、日常生活でも無意識に感情を身体で伝えています。例えば、緊張している時に手が震える、不安な時に胃がキリキリする、嬉しい時に自然とスキップしてしまうなど、身体は常に私たちの内側の状態を映し出しています。パントマイムの訓練は、これらの無意識の身体表現を意識的に引き出し、コントロールする能力を高めることにも繋がります。それはまるで、心の中の絵の具を、身体というキャンバスに自由に描いていくようなものです。身体の動き一つ一つが、感情の筆致となり、観客の心に直接語りかける力を持つようになるのです。