パントマイムから学ぶ!身体に宿る「身体知」の不思議

私たちは日々の生活の中で、意識せずに多くのことを身体で学んでいます。例えば、自転車に乗る、泳ぐ、箸を使うといった行為は、頭で考えて覚えるというよりも、何度も練習することで身体が自然と覚えていくものですよね。この、言葉では説明しにくいけれど、身体が知っている知識こそが「身体知」と呼ばれるものです。
この身体知という概念は、ハンガリー出身の哲学者であるマイケル・ポランニーが1960年代に提唱した「暗黙知(タシット・ナレッジ)」という考え方に深く関連しています。ポランニーは、人間が持つ知識には、言葉で表現できる「形式知」と、言葉では表現しにくい「暗黙知」があると考えました。自転車に乗る知識や、熟練の職人が持つ技術は、まさにこの暗黙知の代表例です。
パントマイムは、この身体知を非常に深く探求する芸術形式です。私たちは、言葉を一切使わず、身体の動きだけで物語を語り、感情を表現し、目に見えない空間を創り出します。例えば、壁や階段といった架空の物体を表現する際、パントマイム俳優は単に手を動かすだけではありません。壁の硬さ、階段の段差、重力のかかり具合などを、身体全体の動きや重心の移動、筋肉の緊張、視線の使い方など、細部にわたって表現します。これは、私たちの日々の経験の中で培われた「壁とはこういうものだ」「階段を上る時はこういう身体の使い方をする」といった身体知を最大限に活用しているからこそ可能になるのです。
パントマイムにおける身体知の重要性を示す具体的な例として、フランスのパントマイムの巨匠、マルセル・マルソーの練習法が挙げられます。彼は、何時間も鏡の前で歩く練習をしたと言われています。ただ歩くのではなく、様々な感情を込めて歩く、まるで壁があるかのように歩く、風に逆らって歩く、といった具合に、日常の「歩く」という動作を徹底的に分解し、身体で理解し、再構築していったのです。これは、歩くという行為にまつわる膨大な身体知を、意識的に引き出し、洗練させる作業と言えます。
また、神経科学の分野でも、身体と知識の関係が研究されています。例えば、イタリアの神経科学者ジャコモ・リゾラッティらが1990年代に発見した「ミラーニューロン」は、他者の行動を見るだけで、まるで自分が同じ行動をしているかのように脳が活性化する神経細胞です。これは、他者の動きを理解し、共感する際に、私たちの身体が持つ「動きの知識」が働いていることを示唆しています。パントマイムを見ている観客が、演者の動きに引き込まれ、まるで自分もそこにいるかのように感じることがあるのは、このミラーニューロンの働きと、演者が提示する身体知が共鳴しているからかもしれません。
さらに、スポーツの世界でも身体知は不可欠です。一流のアスリートは、複雑な動きを瞬時に判断し、実行します。例えば、テニスのサーブを打つ際、ボールの回転、風向き、相手の位置などを一瞬で認識し、最適なフォームでボールを打つ。これは、何万回もの練習によって身体に刻み込まれた、言語化できない「身体の感覚」と「動きの知識」の集大成です。パントマイムの訓練も、まるでスポーツのトップアスリートが身体を鍛え上げるように、日常動作を分解し、身体の可能性を最大限に引き出すための、非常に精密な身体知の探求なのです。
想像してみてください。あなたは今、目の前に見えない糸があるかのように、それを手繰り寄せています。指先のわずかな動き、腕の軌道、そして身体全体のバランス。これらすべてが連動して、まるで本当に糸が存在するかのように見せる。これは、私たちが「糸」という概念を、視覚だけでなく、触覚や重さといった身体的な感覚を通してどれだけ理解しているか、という身体知の深さにかかっているんです。